マウスピース型矯正治療中に奥歯のかみ合わせが悪くなる【正体】
2022/10/5追記
まきの歯列矯正クリニック 院長 牧野正志
マウスピース型矯正装置【インビザライン】には、その特性から治療中奥歯が一時的に上下に離れてしまい噛めなくなる事があります。
ワイヤー矯正治療をした事がある人なら分かると思いますが、初めの頃は食べ物が引っかかり毎回の食事を億劫に感じます。一方、食事の際に取り外しが可能なマウスピース型矯正装置【インビザライン・薬機法適応外】の場合は、治療中の食事は快適なはずです。ところが、一定の割合で奥歯が噛めなくなってしまうケースがあり、そうでもありません。
※マウスピース型カスタムメイド矯正歯科装置は完成物薬機法対象外の矯正装置であり、医薬品副作用被害救済制度の対象とはならない可能性があります。
目次
だんだん上下の奥歯が離れていく
マウスピース型矯正装置【インビザライン・薬機法対象外】もワイヤー矯正と同じように歯が動きます。治療開始時は歯が浮いているような感じがして奥歯に力も入りづらく、上手く噛めないのは同様です。
ですが治療が進むにつれて上下の奥歯が離れていき、治療前よりも噛みづらくなる事もあります。上下の奥歯の接触点が減っていき、食べ物が噛めなくなっていくのです。奥歯が噛み合わないと普段の下あごの位置も不安定になるため、どこで噛んで良いかもわからなくなります。
このような「奥歯が浮いている状態」を臼歯部オープンバイトと呼び、「マウスピース型矯正装置は治らない」と言われている原因の一つになります。この状態が長く続くと前歯しか噛めないため、あごが非常に疲れていき顎関節症を発症する事もあります。
なぜ奥歯が噛めなくなるのか?
マウスピース型矯正治療【インビザライン・薬機法対象外】で、患者さんが装置の使用時間を守っているのに、噛み合わせがだんだん悪くなっていく理由には以下の3つが挙げられます。
・クロスバイト改善の際に前歯が一時的にぶつかる
・シミュレーションでは噛み合わせを再現できない
・マウスピース型矯正では奥歯に沈む力がかかる
クロスバイトの改善時に発生
クロスバイトといって上下の前歯の噛み合わせが反対になっている場合、正しい噛み合わせに治す際に一時的に前歯が強くぶつかります。内側にある上の前歯が下の前歯をすり抜けて前に出るわけではないので、一時的に引っ掛かってしまい奥歯が離解してまいます。前歯だけが強くぶつかるため、奥歯の噛み合わせが上手く噛めない状態になります。
ですが、この状態は長い期間は続きません。前歯が正しい噛み合わせに治ると、元のような奥歯の噛み合わせに戻ります。ですから、クロスバイトが治りかけている時は、しっかりとマウスピースを使用し、このステージから早く抜け出す事が大切になります。
噛み合わせがシミュレーション通りにならない
マウスピース型矯正装置【インビザライン】は上下の歯が直接噛んだ状態ではなく、アライナーと呼ばれる0.5mmのマウスピースを一層噛んだ状態で、治療が進みます。よって、クリンチェックと呼ばれるデジタル上でのシミュレーション画像と、矯正治療後の歯並びは一緒でも、噛み合わせは全く異なる事があります。コンピュータでは歯並びを予測する事ができても、常に動く状態にある噛み合わせを予測する事はできません。
歯並びのある「あご」には2つの左右2つの関節があり複雑な動きをします。噛み合わせの精密な再現には、複雑なあごの動きのデータも必要となりますが、現在のところは機能的なデータを治療計画に反映する事は難しいといえます。
また、矯正治療で噛み合わせを治す際には、上下の歯が自然に噛み合おうとする作用も上手く利用します。マウスピース型矯正治療ではこの力を利用する事が難しい事も影響しています。
奥歯を動かすと歯茎方向に沈んでいく
マウスピース型矯正治療【インビザライン・薬機法対象外】で奥歯を動かす治療計画を作ると、奥歯が歯茎方向に沈んでいくという反作用があります。これは、マウスピースは奥歯の噛む面を常に覆っているため、前後左右に奥歯を動かす際に、上からの噛む力によって「圧下(あっか)」といって同時に歯茎方向に歯が移動していってしまうからです。
圧下が発生すると上下の奥歯が離れていき上手く噛めなくなっていきます。その結果、前歯しか接触しない状態になります。ですから、マウスピース型矯正治療は奥歯を動かすと治療中は多少噛めなくなる矯正治療方法という事になります。
さらに、マウスピースのスマートトラックと呼ばれる独特の柔らかい素材も影響しています。特に食いしばり癖のある患者さんの場合は、弾力性があるため一層食いしばる事ができるため奥歯に強い圧下の力がかかり、予想以上に歯が歯茎方向に沈んでしまう事があります。
臼歯部オープンバイトの対処法
マウスピース型矯正治療【インビザライン・薬機法対象外】では、予定のマウスピースを消化しても、シミュレーションとは異なる噛み合わせになる事は多々あります。ただし、経験豊富な矯正歯科医では、一時的に臼歯部オープンバイトになる事も治療計画に折り込み済みである事が多いです。当院ではその後に以下のような対処をしていきます。
①セトリング
②顎間ゴム
③リカバリーワイヤー
マウスピースの使用時間を減らし待つ
実は、大きな奥歯の移動がない場合は使用時間を減らして「ただ待つ」だけである程度改善します。マウスピースを装着していない時間で、自然と上下の歯が噛み合ってくるのです。場合によって奥歯に部分マウスピースを薄く研磨したり、途中で切って分断させて使用していだく場合もあります。大体2か月程度で元の噛み合わせが戻ってきます。ただし、それ以降は変化は少なくなります。
マウスピースの厚みは上下合わせて1mmのため、奥歯の上下の浮きが1mm以内であれば、これだけ十分改善が認められます。これをセトリング(安定させる)と呼び、全ての患者さんの治療終了前に、以前の噛み合わせを取り戻してもらうために行います。
注意点としては、マウスピースの使用時間をあまりに減らしすぎると、今度はせっかく治した歯並びの方が後戻りします。ここで治療が行ったり来たりしてしまうケースもありますので、フィックスリテーナーと呼ばれる固定式リテーナーをセトリングの前にあらかじめ装着しておく場合もあります。
セトリングは、まだ並んでいない歯や前方に倒れている歯を噛ませる事はできません。あくまでも歯並びが完成した状態でないと効果はありません。
上下にゴムをかけて近づける
上下の奥歯にかなり隙間がある場合は、顎間(がっかん)ゴムという輪ゴムを使用して、縦に強制的に引っ張り奥歯を近づける事もあります。合理的なやり方で、成功率は高いです。ただ歯を垂直的に引っ張るだけでなく、前方傾斜した歯を後方に起こしてあげる事もできます。
長期間行うと、あごの関節突起が押さえつけられ顎関節症を発症してしまう事があるため注意が必要になります。
リカバリーワイヤーを装着する
上記の2つの方法でも奥歯の浮いているのが改善しない時は、奥歯に「近心傾斜」といって前方への倒れこみが強く起きている可能性があります。この場合はマウスピース矯正装置単独で治す事は難しく、ワイヤー矯正装置によるリカバリーが必要になってきます。これは小臼歯抜歯ケースなどに見られる問題です。アップライトといって倒れ込んでいる奥歯を歯根から強い力で起こします
それでも治らない場合
上記の3つの作業を行なっても、残念ながら改善不可能な事もあります。この場合、一般的な表側ワイヤー装置を全ての歯に装着して再矯正治療を行なったり、すでに治療済みの被せてある歯を新しいものに作り変える方法を取って噛み合わせを調整する方法などがあります。
奥歯の前方傾斜の量が多く上下の隙間が3mm以上あるような臼歯部オープンバイトは、マウスピースだけで改善する事はかなり難しくなります。
臼歯部オープンバイトが発生した治療例
前歯にクロスバイトがあるケースでは、治療途中に臼歯部オープンバイトが発生する事はよくあります。一時的に噛み合わせが悪くなるのですが、治療が進むにつれ回復します。治療途中で顎間ゴムで上下の歯を引っ張り、徐々にマウスピースの使用時間を減らし、しっかりと噛めるようになったところで治療を終了しました。
<症例概要>
主訴:八重歯・前歯の噛み合わせが悪い
年齢・性別:20代男性
住まい:千葉県船橋市
症状:叢生・前歯交叉咬合
治療方針:上顎歯列拡大・下顎後方移動・IPR
治療装置:商品名(インビザラインフル・薬機法対象外※)
治療期間:2年2か月
アライナー枚数:34+45+19ステージ
リテーナー:上下フィックスタイプ+クリアタイプ
治療費用:900,000(+税)
代表的副作用:痛み・治療後の後戻り・歯根吸収・歯髄壊死・歯肉退縮