難症例の治療
矯正治療の難易度は各患者さんによって異なります。治療開始前の検査時に全てわかる良いのですが、実際は治療を始めてからわかることもあります。以下に説明していきます。大きく分類すると6つのパターンに分かれます。このようなケースは、患者さんとよくゴール地点を相談して最善の治療方針を考え、場合によっては妥協点も探っていく形になります。
目次
矯正治療での改善に限界がある
骨格の問題がある
矯正治療は歯を動かす治療です。外科的な治療をせずに骨格の形の改善までは行う事はできません。上下の骨格の前後左右差がある場合は、並べる歯並びを骨格に合わせて多少カモフラージュさせながら並べなくてはならなくなります。
下あごが長く受け口の場合は下の前歯を内側に倒す形に、下あごが小さく出っ歯の場合は上の前歯を内側に倒す形にしなくてはなりません。
あごの形に左右差がある場合は、お顔と歯並びの正中線(ミッドライン)設定に限界があったり、左右バランスの良いかみ合わせを作るのが難しくなります。
歯の形が良くない
矯正治療では患者さんがもともと持っている歯の素材を上手く活かして歯並びを作っていきます。ですので長すぎる歯や大きすぎる歯は多少研磨はできますが改善させることはできません。内側にあり既に摩耗してしまっている前歯などは、きれいに並べることに苦戦します。
矮小歯といって歯のサイズがひとまわり小さい場合、癒合歯といって2つの歯が1つにくっ付いている場合なども同様に治療方針を考えるのは難しくなります。
先天性欠如歯や欠損歯がある
歯の数が既に足りない場合の多くは一般的な矯正治療で抜歯しない歯であることが多いです。ですから、欠損歯の部分の隙間をどうするが非常に考える事になります。また左右対称の歯並びにするために追加で抜歯が必要になることもあります。
先天性欠損歯は前から2番目か5番目によく見られます。上の側切歯が欠損の場合は見える部分なのでスマイルラインを作る事に苦戦します。下の前から5番目が欠損し乳歯が残存している場合は隙間が大きく治療期間にがかかります。
虫歯や歯周病で歯根が太く重要な第一大臼歯(6歳臼歯)を失っている場合は、かみ合わせのコントロールが治療が非常に難しくなります。
口元を大きくかえたい
矯正治療で横顔を変えたい場合は、主に小臼歯という歯を抜歯して前歯を後ろに引っ張ります。抜歯スペースはおおよそ7mm前後のため、前歯を後ろに最大限引っ張っても7mm前後しか前歯は後方移動しないという事になります。だいたいこの治療方針で5mm程度口元が引っ込むのですが、もっと引っ込めたいとなると矯正治療では限界があります。
また、一度抜歯矯正治療を受けたことがある方の再矯正治療の場合は、ほとんど口元を改善させることができません。
矯正治療に時間がかかる
あご骨がしっかりしている
ローアングルと呼ばれるお顔が横に幅広で、奥歯のかむ力が強く歯が摩耗している方は、矯正治療に時間がかかります。
あご骨自体の密度が高いため骨が硬く、歯が移動しづらいことが多いです。さらに歯ぎしりや食いしばり癖がある方も多く、矯正力による歯を移動を阻害することがあります。また、矯正装置も強くかむ力で頻繁に故障するため、頑丈な矯正装置が必要となります。
歯が小さい
意外かもしれませんが、全体的に歯が小さめの方や、矮小歯といって上の前歯に部分的に小さい歯がある方は歯の動きがゆっくりです。これは、歯が動くために必要な歯根膜と呼ばれる血管膜も少ないことが理由です。小さい歯は、矯正力による1歩も小さいのです。
抜歯が必要で歯を大きく動かさなくてはならない症例などはかなりの治療期間を要することがあります。
ガミースマイル
スマイル時に上の前歯の歯茎が4mm以上見える場合をガミースマイルと呼びます。矯正治療で治せるガミースマイルは主に、かみ合わせが深く過蓋咬合になっているケースか、上の前歯が前に出ているケースになります。歯科矯正用アンカースクリューを使用するのですが前歯を圧下といって治療期間が長くかかる移動になります。歯並びに問題が少ないケースの場合は、矯正治療以外の方法を推奨します。
埋伏歯を出す必要がある
永久歯には成長期の一定期間、歯が生えようとする力を持っています。この時期に歯の生える部分に障害物があったり、そもそも歯の向きがまっすぐに向いていない場合は、埋伏といって歯茎の中に埋まったままになる事があります。
埋伏歯は抜歯するのであれば特に矯正治療に影響はないのですが、歯茎を切ってから、引っ張り出して歯列に並べるとなると、治療期間は長くなります。また、せっかく引っ張っても、一定の割合で正しい位置まで出しきれないといったこともあります。
矯正治療で動かすことができない歯がある
歯が動かない
外傷を受けた歯や移植した歯が、アンキローシスといって骨と癒着してしまっていることがあります。事前の問診と触診である程度は分かるですが、原因が不明で矯正治療中に判明することもあります。
動かすことができな歯があると治療計画に自由度がなくなり難しくなります。また、アンキローシス歯だけでなくインプラントもそうですが、動かない歯に強い矯正力を加えると癒着が剥がれてしまい抜けてしまうリスクもあります。
傷んでいる歯がある
数回の根の治療をしている歯、歯周病になり歯茎がかなり落ちている歯、歯根破折の可能性がある歯は、ある意味爆弾を抱えている歯ということになります。大きな歯の移動をさせることができないだけでなく、矯正力をかけることもできない場合もあるため治療方針に制限が出てきてしまいます。
特に矯正治療では奥歯は固定源といって前歯を動かすために大事な歯になります。6歳臼歯が傷んでいる場合は、治療計画の幅が狭まります。
多くの治療歯がある
虫歯で大きな被せ物が入っている歯が多くある場合、今の悪い歯並びの位置で良くかむように作成されているため、天然の歯と異なる形になっています。ですから正しいかみ合わせを作る際は、作り直しを行う必要もあります。また、治療歯の材料の問題で矯正装置が接着しづらいこともあり、装置装着も苦戦します。
自由診療のブリッジやインプラントがある場合は、撤去できないためその部分を矯正治療で動かすことはできなくなります。前歯に審美治療(美容歯科治療)を行っている歯がある場合、崩すことができなくなるため矯正治療の対象外になってしまうことがあります。
矯正治療以外の配慮が必要
矯正治療中に他の歯の治療が入る
矯正治療中に虫歯の治療が入ると矯正治療の速度を遅めるか一旦停止しなくてならなくなります。特に歯根の治療(根管治療)が入ると治療期間に時間がかかります。また、治療の予後が悪い場合は抜歯対応になる事もあり矯正治療方針を大きく変更しなくてはならない事もあります。
顎関節症の発症
基本的には矯正治療で顎関節症にアプローチする事はできません。矯正治療を行う事に改善する方もいる一方、悪化することもあります。当院の経験上、下あごの骨格に左右差がある方が発症率が高いように思えます。一度、顎関節症を発症してしまうと、矯正治療の速度を落とさなくてはならなくなります。
また、思春期〜成人の女性の方に進行性顎関節症が発生してしまう方がいます。下あごの関節近くが少し吸収され、上下の前歯が離れていき開咬になってしまいます。この場合は、治療方針を変更します。
患者さんの通院状況の変化
最後に、矯正治療に通院される患者さんの通院状況も大事になります。処置には適切なタイミングというのがありますが、その部分で来院が難しくなったりする事で治療が行き過ぎたり、足りなかったりする事が発生します。患者さんの私生活が忙しく矯正治療の定期通院ができなくなってしまうと、歯並びが予想外の位置に移動してしまい難症例になってしまう事があります。
さらに、しばらく通院せず、治療を再開する場合は、治療開始前より状況が悪くなってしまっていることもあります。治療中断の可能性がある場合は、あらかじめ担当医に伝えておくことが必要になります。
難症例の対応
治療方針が様々ありますが、どれも何か妥協が必要になります。患者さんからヒアリングしてどれを優先するかを確認します。その中で、治療期間が短く成功率が高い方針を推奨します。
成功率が低いく治療期間の長い方針に関しては、患者さんがご理解の上であれば行う事ができますが、基本的には推奨していません。
矯正治療を行わないという選択も
矯正治療はメリットだけでなく、副作用やリスクもあります。成功率の低い方針は、歯を痛めるだけで終わる可能性もあります。また、長期にわたる治療の場合は、その間患者さんの生活は今より落ちますので、あえて矯正治療を行わないという提案をすることもあります。
患者さんが治療の希望が美容的な要素が中心の場合は、審美歯科治療による解決を推奨することもあります。