マウスピース型矯正で抜歯矯正は可能か?
マウスピース型矯正装置【インビザライン・薬機法対象外】の矯正治療で、全ての症状を治すことはできません。まだ、適応症がある矯正治療方法になります。中でも難易度が高いと言われているのが小臼歯抜歯を併用する治療方針になります。ですが、最近は様々な先生達が工夫をしていく事で徐々に良い結果が出るようになってきています。
当院も以前は抜歯矯正のリカバリーに悩まされることがありましたが、だんだんと適応症がわかってきましたので、最近では、患者さんに難易度を説明できるようにしています。今回はこの部分を説明していきたいと思います。
※完成物薬機法対象外の矯正装置であり、医薬品副作用被害救済制度の対象とはならない可能性があります(詳しくは)。
目次
なぜ抜歯が必要なのか?
矯正治療で歯を並べるためには「スペース」が必要になります。そのスペースを作る方法は以下の4つがあります。
1.歯列拡大 (少なからず前方移動も発生する)
2.奥歯の後方移動 (上下どちらかしかできない)
3.IPR (歯をわずかに研磨する)
4.抜歯 (主に小臼歯が適応)
歯並びのガタガタだけを解消するだけであれば、多少重度でも上記の1〜3を利用してスペースを作ることが可能です。ただし、患者さんから「出ている前歯を後ろに引っ込めたい」という希望がある場合は、歯列拡大は利用できず、後方移動とIPRのみで改善しなくてはならなくなります。こういった場合は、一気にスペースを作ることができる抜歯矯正が適応されます。つまり「口ゴボ」や「出っ歯」の改善など、前歯を大きく後ろに引っ込め、横顔もある程度変化させたい場合には抜歯が必要になってくることが多くなります。
抜歯矯正が難しい理由
日本矯正歯科学会のマウスピース型矯正装置による治療に関する見解にも、「基本的には抜歯症例は推奨されない症例」と記載されています。これは歯の移動量が多くなりやすいため、治療成功率が低くなるということです。
これを踏まえて、当院の考えるマウスピース型矯正装置【インビザライン・薬機法対象外】の抜歯矯正が難しい理由は以下の3つと考えています。
①奥歯が前に倒れ込みやすい
②前歯の歯根を動かす事が難しい
③リカバリーに時間がかかる
奥歯が前に倒れ込みやすい
抜歯矯正のポイントはスペースを有効利用するためには、動いて欲しくない奥歯をしっかり動かさず固定させる事です。これを専門用語で固定源(アンカレッジ)と呼びます。
ワイヤー型矯正治療などにおいて抜歯空隙を閉じる時は細い軟らかいワイヤーではなく、必ず太くて硬いワイヤーを使用して、歯列が倒れ込まないように配慮を行います。場合によっては奥歯同士を太いワイヤーしっかり固定しおくような顎内固定装置を使用する事もあります。
一方、マウスピース型矯正装置【インビザライン・薬機法対象外】の場合は、弾性のある素材のため奥歯の把持が弱く、前方への倒れ込みは起きやすくなります。また、マウスピースの交換は個々の歯の動くスピードと関係なく、抜歯空隙をどんどん閉じて行こうとする力がかかります。一度マウスピースから奥歯がズレるとそのまま歯の頭の部分のみ前方に引っ張られていきます。一度、「近心傾斜」というこの倒れ込みが始まると、2,3か月で一気に歯の前方側が歯茎に埋もれてしまうくらいまで倒れ込んでしまいます。そうなるとマウスピースで歯をつかむことが困難となりリカバリーが必要となります。
奥歯の倒れ込みが発生すると、2つの問題点が起きます。一つ目は、奥歯が前方に来てしまった分、前歯を後ろに引くスペースが減ることです。二つ目は、上下の奥歯が離れる「臼歯部オープンバイト」と呼ばれる状態になり、噛み合わせが悪くなってしまいます。
特に、歯並びがの不ぞろいが少ないケースへの抜歯矯正(下B)は、奥歯の倒れ込みが発生しやすくなります。これは前歯の後方移動量が多くなり、奥歯大きな固定源が必要性になるからです。
前歯の歯根を動かす事が難しい
多くの抜歯矯正は前歯をリトラクションといって後方移動させる移動様式をとります。普通に前歯を後方移動させると、同時に「傾斜移動」といって歯の角度が内側に倒れる力も発生します。この力をコントロールするためには、前歯を並行移動(歯体移動)に近い移動をさせなくてはなりません。これには、「ルートトルク」という歯冠の位置は変えずに歯根のみ後方移動させる力が必要になります。
ワイヤー型矯正装置の場合は、ブラケットに対してワイヤーのねじれが戻ろうとする回転力(モーメント)を利用して歯根の位置をコントロールする事が容易です。一方、マウスピース型矯正装置【インビザライン・薬機法対象外】では、歯茎近くの素材が弱いため構造上、回転力を発生させる事が難しいです。
この点を注意せず前歯を後ろに引き続けていくと、過蓋咬合と呼ばれる前歯がすれ違いの状態になったり、上の前歯が下に落ちてきてガミースマイルという過剰に上の前歯の歯茎が見える状態になってしまったりとなります。
海外の文献からも、このマウスピース型矯正装置ではルートトルクが不足しやすいという報告がなされています。歯科矯正用アンカースクリューという外部固定から前歯のコントロールを行う方法が有効とされていますが、ここまでするのであれば、普通のワイヤー矯正を行なった方が良いと考えます。
リカバリーに時間がかかる
奥歯の倒れ込みや前歯の位置のコントロール不足が発生した場合は、アライナーが不適合になる手前でリカバリーに移行します。リカバリー方法の第一選択は顎間ゴム(エラスティック)の長時間使用になります。また、大きめのアタッチメント使用して歯を起き上がらせることも行います。それでも改善が難しい場合は、従来型のワイヤー型矯正装置の使用に切りかえることもあります。
ただし、リカバリーは元の治療計画に戻す方法であり、治療自体は進行しません。一旦現状を回復させる事を優先する期間になるため、リカバリーが長ければ長いほど、治療期間は延長していきます。
さらにm「リカバリー期間の歯の動きの変化は地味です。それは、見える部分に大きな歯の変化があまりないからです。この時期は患者さんのマウスピース使用のコンプライアンスが大事ななってくるのですが、段々と落ちていってしまう傾向にあります。こうして、「さらに治らない」という悪循環が生じてしまう事があります。治療へのモチベーションコントロールが大切になります。
抜歯矯正の難易度
前述してきたように、抜歯矯正はマウスピースで行う場合はコントロールが難しくなります。ですので適応症の選択というの大事になってきます。これについて説明しています。
奥歯が前方に倒れやすいか?
マウスピース型矯正治療では、奥歯が一旦不適合になってくると一気に前方傾斜してきます。よって治療前からマウスピースが不適合になりづらい状態であるか確認が必要です。奥歯の高さがない、虫歯で大きく治療している、ねじれがある小臼歯などがある場合は、不適合になるリスクが高くなります。また、4番抜歯より5番抜歯の方が奥歯の本数が減ってしまうため難しくなります。
前歯歯根の移動量
抜歯矯正で前歯を大きく並行移動させなくてはならないケースは難易度が上がります。歯根を大きく後ろにひく必要がある「出っ歯」や、歯根を根本の方に沈めなくてはならない「過蓋咬合」は、マウスピース型矯正治療は難しくなります。逆に、八重歯があったり歯並びのガタガタがひどく、上下前歯の噛み合わせが開いているの方は難易度が低く、割と安全に治療が可能です。
抜歯本数は少ないほど良い
矯正治療では必ず上下4本抜歯をするとは限りません。「出っ歯」の場合は上のみ2本抜歯したり、「非対称」がある場合は、1本や3本といった奇数の抜歯を選択することがあります。この場合は、抜歯以外の、拡大・IPR・後方移動を上手く併用して治療方針を考えます。当然ですが、抜歯本数が少なくなっていくほどマウスピース型矯正治療では難易度が下がっていきます。
マウスピース抜歯矯正治療例
患者さんから口元も引っ込めたいという希望があり上下小臼歯抜歯の治療方針を選択したケースです。上下前歯のガタガタの量が多く、歯根の移動量は多くなく矯正治療が可能であり、マウスピース型矯正装置向けの症例になります。
確実に歯を動かすために途中10日交換に変更し、歯の動きをコントロールしました。
<症例概要>
主訴:八重歯・横顔の突出
年齢・性別:20代女性
住まい:千葉県千葉市
症状:叢生・下顎後退・正中線のズレ
治療方針:抜歯空隙の閉鎖(中等度固定)
治療装置:マウスピース型矯正装置(アライナー装置)
抜歯:上下左右4番(合計4本)
治療期間:2年0か月
アライナー枚数:66+34ステージ
リテーナー:上下クリアタイプ
治療費用:990,000(税込)
代表的副作用:痛み・治療後の後戻り・歯根吸収・歯髄壊死・歯肉退縮
▶︎その他の副作用
<治療シミュレーション>
顎間ゴムを使用して右上の八重歯を抜歯空隙に移動させています。
※マウスピース型カスタムメイド矯正歯科装置は完成物薬機法対象外の矯正装置であり、医薬品副作用被害救済制度の対象とはならない可能性があります。