歯を動かさないように固定する事の方が大事
矯正治療は、歯を動かすより、歯をとめておく事の方が難しいです。患者さんはどうしても動かしている歯の方ばかり気になってしまうものです。ですから毎回の診療で、「ちゃんと歯は動いていますか?」といった質問はよく受けます。毎日、自分の歯を鏡で見ている患者さんにとっては、心配になるのもわかります。ですが、実は矯正歯科医は「歯が動いているか?」より「歯が動いていないか?」の方を毎回、注意深く確認しています。望ましくない歯の動きが起きていないかという事に常に注意を払っているのです。
実は歯を動かさない事の方が難しい
たった1つの歯だけを動かしたいと思っても、矯正装置が装着されている限り他の歯も必ず動きます。動かしたい歯だけに矯正装置が装着されていても、どこかから引っ張ったり押したりしないと歯は動かす事ができません。最低限、隣の歯には矯正装置が装着されます。
そうすると、動かしたくない隣の歯も少しづつ予定外の方向に動いてしまいます。これを反作用(リアクション)と呼びます。ですから反作用をなるべく少なくするために、動きづらい奥歯まで矯正装置を装着する事になるのです。歯の動きづらさは歯根の大きさや数で決まりますので、3〜4根ある6歳臼歯が一般的には一番強いとされています。軽度な歯並びの治療でも奥歯まで必ず装置をつける事を推奨する理由はここにあります。
たった1本の歯を動かすだけでも、多くの歯を固定源に留めておかなくてはならないのが矯正治療です。毎回の診察では、矯正歯科医は動かす予定ではない部分の歯並びに、反作用が起きていないか必ず確認しているのです。言うならば、バランスゲームをしている感覚です。
特に出っ歯の抜歯矯正治療では固定源が大事
歯の移動量が多ければ多いほど、固定源が大事になってきます。中でも、前歯が前に出ている「出っ歯」の矯正治療は、前歯の移動量が多く、強い固定源が必要になる事が多いです。固定源の事を専門用語でアンカレッジと呼びます。
出っ歯の改善には、小臼歯と呼ばれる前歯と奥歯の真ん中の歯を抜歯してそのスペースに、出ている前歯を下げるという方針が中心です。抜歯したスペースは全て前歯は引っ込めるのに使いたいところですが、何も考えずに奥歯と引っ張りあいをすると、アンカレッジロスと行って奥歯も手前に移動してきてしまいます。これが起きてしまうと、計画より前歯を後ろに引っ込める事ができず、出っ歯が残ってしまうという事もでてきます。
アンカレッジロスは、主に上の奥歯に起こります。一般的には下顎と比べ上顎の骨の密度は薄いため、上の歯並びは力が加わると簡単に動いてしまうからです。
アンカレッジロスを防ぐには加強固定
そうならないようにするために、あらかじめ治療計画を立てる時に、必要な固定源の量を計算し、足りない場合は加強固定と言って奥歯以外に固定源を追加します。この加強固定には場所によって3種類に分けられます。
顎外固定装置
固定源を口の外に求める方法です。よく使用される装置としてヘッドギア装置があります。これは頭頂部や首の後ろを固定源にする方法です。上の6歳臼歯のバンドにつけ、この部分にフレームを差し込む着脱式固定装置になります。
メリット:歯を固定源にしていないため反作用が少ない。
デメリット:見た目の問題で日中使用してもらうのが難しい。
顎間固定装置
固定源を反対側の歯並びに求める方法です。顎間ゴム(エラスティック)が相当します。上下の歯列を引っ張り合う事で、間接的に奥歯が前方に来る事を予防します。
メリット:ゴムをかければいつでもできる。
デメリット:間接的にしか力がかからないため固定力が弱い。
顎内固定装置
何歯かをつないだり、歯茎や骨に固定源を求める方法です。バンドを使用してワイヤーで強固なワイヤーでとめます。
メリット:着脱式のものが少なく確実に固定できる
デメリット:口の中の内側につくものが多く装置が増え違和感が出る事と、多少固定している歯は動く
アンカースクリューの登場
今までは上記のような固定装置を使用していましたが、最近は絶対的固定ができるアンカースクリューの登場により、可能であればこちらを使用する事が増えてきました。アンカースクリューは着脱する必要がなく、必要な歯だけ動かす事ができ、様々な方向から引く事が可能です。ただし、アンカースクリューにも弱点があり、小外科手術であり100%術後安定するわけではなく、緩んでしまい打ち直しが生じてしまうリスクなども持っています