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アンカースクリューを使った特殊な治療方針

まきの歯列矯正クリニック 院長 牧野正志

歯科矯正用アンカースクリューを使った特殊な治療方針

 近年、歯科矯正用アンカースクリューは一般的な治療方法になりました。これを使用する最大のメリットは、治療選択肢の幅が広がることです。矯正治療で歯を動かすためには、必ず固定源(アンカレッジ)が必要になります。通常は奥歯が固定源となるため、歯の移動は限定的になるのですが、様々な部位に植立できるアンカースクリューを使用することで、歯の移動の自由度が高まるのです。

アンカースクリューの歴史と現在

 歯科矯正用アンカースクリュー(ミニスクリュー、インプラントアンカー)は、矯正治療において歯を移動させる固定源として使用される小さな装置です。1983年にCreekmoreらがヒトの治療にアンカースクリューを使用した後、1990年代からKanomiらによって、小型で低侵襲なミニスクリューが開発・臨床応用されるようになりました。その後、2000年代以降、デザインの改良や材質の進化により、矯正治療への使用が一般化され、薬機認証もされ様々な症例に適用されています。

 歯科矯正用アンカースクリューの使用頻度は、個々の歯科医院によって異なりますが、全体的な傾向としてその使用数は増加しています。成人の難症例が多い都心部では標準的な治療方法となっていますが、個々の歯科医師の治療哲学によって使用割合は変わります。全ての症例に必要というわけではなく、複雑な症例や特定の歯の移動パターンを必要とする場合に使用されることが多くなります。また、一定の割合でスクリューが安定せず脱落することがあるため、低侵襲性の治療を行いたい歯科医師の場合は使用を控えることもあります。アンカースクリューの植立は小外科処置に分類されるため、専用の機器と植立トレーニングが必要となります。

直接固定と間接固定の違い

 アンカースクリューの矯正歯科治療における使用方法は大きく2つに分けられます。治療計画や設置部位によって使い分けをします。
 一つ目は、直接固定といって、アンカースクリューを歯の移動の力源として利用する方法です。スクリューにゴムやチェーンを取り付け、歯を直接移動させます。比較的少ない部品でシンプルな設計の矯正装置で済むことが特徴です。確実に動かしたい歯を移動させることができます。

 二つ目は、間接固定といって、アンカースクリューを支点として利用し、他の矯正装置を介して歯を動かす方法です。より複雑に複数の歯を同時に移動を行うことができます。歯を直接牽引しないため矯正力が分散し歯への負担を軽減できます。

アンカースクリューの直接固定と間接固定の違い

<直接固定と間接固定の違い>

アンカースクリューを使用した特殊な治療方針

 矯正歯科治療において多くの治療方針は、アンカースクリューを使用しなくても治療を行うことは可能ですが、一部の治療方針はアンカースクリューを用いないと成功率が低くなります。代表的な4つのケースを紹介していきたいと思います。

奥歯の大きな前後移動

 奥歯(大臼歯)の歯根は大きいため、前後移動に強い固定源が必要になります。前方歯を固定源にしても良いのですが、反作用によって前歯が前方に出てしまいます。よって、以前はヘッドギアといって、頭を固定にして大臼歯を後方に移動していました。しかし、アンカースクリューを使用することで、コンパクトに大臼歯の後方移動させることが可能となりました。一般的には、上あごの場合は間接固定、下あごの場合は直接固定で行われます。また、奥歯を前方移動させる際にも手間側にスクリューを植立することがあります。

<上の奥歯の後方移動の方法>

臼歯の圧下とオートローテション

 ワイヤー矯正治療で、奥歯(臼歯)を動かすと早期接触といって、上下の歯が強く当たるようになるため、治療後かみ合わせの高さが高くなることが多いです。これは、前歯が深く噛みすぎている過蓋咬合には有効ですが、上下の前歯に接触がない開咬では、悪化してしまう方向にいきます。よって、このようなケースでは、奥歯を圧下といって歯茎方向に沈める治療が必要になり、歯茎方向から牽引できるアンカースクリューが活躍します。奥歯の圧下は矯正力の向きをコントロールしなくてはならないため間接固定で行われることが多いです。

 奥歯が圧下すると、全体的噛み合わせの高さが低くなるため、下あごが顎関節を中心に前方に回転移動もみられます。これをオートローテションとも呼び、開咬を治療するだけではなく、あご先も前方に出す効果もありイーラインを改善することができます。

オートローテションの方法

<オートローテションの方法>

前歯の圧下とガミースマイル改善

 前歯の圧下は、歯根の移動量が多く、難しい治療とされています。通常は、奥歯を固定にして前歯を圧下させるのですが、重度の過蓋咬合やガミースマイルがある場合は、改善量にも限界があります。そこで直接固定を利用して前歯を圧下させていきます。歯根付近にアンカースクリューを植立することで、前歯を歯茎の方向に向かって垂直方向に移動させることが可能になります。上手く作用すれば、ワイヤー矯正単体の場合と比較して数倍の速度で前歯が圧下します。

アンカースクリューを利用した前歯の圧下方法

<前歯の圧下方法>

非対称のカモフラージュ治療

 下あごの形に左右差があり、奥歯にクロスバイトやシザーズバイトがあるケースに使用します。外科的矯正治療を行わずに、骨格のずれに合わせて左右の歯並びも非対称に動かし、カモフラージュする治療方法です。ワイヤー矯正装置は左右対称の歯列データをもとに作られていますので、あえて非対称を作る場合は工夫が必要になります。両側で異なる歯の動きをさせるため、片側の歯列をアンカースクリューで間接固定でとめておく方法をとります。

左右非対称治療

<左右非対称治療>

まとめ

 アンカースクリューは矯正治療方針の選択肢を広げ、歯の移動の自由度を高めます。近年、標準的な治療方法となっており、使用頻度は増加傾向にあります。直接固定と間接固定の2つの使用方法があり、症例に応じて使い分けます。特に、奥歯の大きな前後移動、臼歯の圧下とオートローテーション、前歯の圧下とガミースマイル改善、非対称のカモフラージュ治療などの特殊な治療方針に効果的です。アンカースクリューを使用することで、従来の矯正治療では難しかった複雑な症例にも対応できるようになりました。

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