SNS時代の正しい医院選び「矯正治療で後悔しないために」

矯正治療を取り巻く環境は、この10年で大きく変わりました。以前は、矯正治療に関する情報は主に歯科医院や雑誌から得るものでしたが、今ではSNSや動画サイトで誰でも簡単に様々な治療法の情報にアクセスできます。患者さんが治療について勉強し、知識を持って来院されることは、基本的には良いことだと思います。ご自身の治療に主体的に関わろうとする姿勢は、むしろ歓迎すべきことです。
しかし同時に、新しい課題も生まれています。インターネット上には玉石混交の情報があふれ、特定の治療法が万能であるかのように紹介されていることもあります。美しい治療結果の写真が数多く共有される一方で、その治療法の限界や、うまくいかなかった場合のことについては、あまり語られません。
目次
SNS時代の矯正治療選び

最近、矯正治療の相談に来られる患者さんの中に、複数の医院で相談を重ね、特定の治療方法を強く希望される方が増えています。初診相談の段階で「この治療法で治してください」と、既に治療方法が決まっている状態で来院される方も少なくありません。SNSや動画サイトで「この治療法なら私の悩みが解決する」と確信を持って来院されるのです。
特に、アンカースクリュー(矯正用ミニインプラント)を使った特殊な治療方法に対する期待が高まっています。アンカースクリューとは、顎の骨に一時的に埋め込む小さなネジのようなもので、これを固定源として歯を動かす技術です。従来の矯正治療では難しかった動きも可能にする画期的な技術であり、適切に使用すれば素晴らしい結果を生むことができます。
例えば、「上顎前歯の圧下だけでガミースマイルを完全に改善したい」「大臼歯の圧下によるオートローテーションで顔を短くしたい、あご先を作りたい」「抜歯矯正後の再矯正で、後方移動によってもっと前歯を後ろに下げたい」「非対称のスマイルを完全に左右対称にしたい」といったご希望です。
これらの治療は確かに存在し、適応する症例では素晴らしい結果を生むこともあります。しかし、すべての患者さんにとって最適な選択肢とは限りません。そして何より重要なのは、これらの治療法にも適応症があり、限界があるということです。
患者さんの中には、何軒もの医院で相談を重ね、自分の希望する治療法を実施してくれる医院を探し続ける方もいらっしゃいます。その熱心さや、ご自身の治療に真剣に向き合う姿勢には敬意を表します。しかし、医院を探し続ける過程で、かえって混乱が深まってしまうこともあります。ある医院では「可能です」と言われ、別の医院では「難しいです」と言われる。この違いは何なのか、患者さんは判断に迷われます。
治療成功率という現実

私たちの医院では、このような特殊な治療を検討される患者さんには、必ず「この治療の成功率は100%ではない」とお伝えしています。この説明を聞いて、「この先生は技術が不足しているのではないか」と感じられる方もいらっしゃいます。それは自然な反応だと思います。しかし、これは決して私たちの技術が未熟だという意味ではありません。
医療である以上、どんなに経験豊富な矯正医であっても、すべての症例で完璧な結果が保証されるわけではないのです。これは矯正治療に限らず、あらゆる医療に共通する原則です。人間の身体は個人差が大きく、治療に対する反応も一人ひとり異なります。教科書通りにいかないことも、決して珍しくありません。
治療成功率には、確かに術者の技術や経験が大きく関係します。多くの症例を経験し、様々なケースに対応してきた矯正医のもとで治療を受ければ、成功率は高まるでしょう。しかし、それだけでは説明できない要素もたくさんあります。
まず、アンカースクリューを使用する治療では、一定の割合で脱落が起こります。研究によれば、その確率は使用部位や条件によって異なりますが、決してゼロではありません。脱落してしまうと、計画していた治療方針そのものが実行できなくなることがあります。再度植立することもできますが、同じ部位に必ず成功するとは限りません。また、アンカースクリューは必要な部位に自由に植立できるわけではありません。顎の骨には神経や血管が走っており、歯根との距離も考慮しなければなりません。骨の厚みや質も個人差が大きく、理想的な位置に配置できないこともあるのです。CT レントゲンなどで事前に詳しく検査しても、実際に植立してみなければわからないこともあります。
さらに、特殊な治療方針は、うまくいかなかった場合のリカバリーが難しいという側面があります。標準的な治療方針であれば、治療の途中で予想外の反応があっても、軌道修正しながら合理的な結果に導くことができます。多くの矯正医が経験しているオーソドックスな方法なので、トラブルシューティングの知見も蓄積されています。
しかし、特殊な治療方針でうまくいかなかった場合、元の状態に戻すことも、標準的な治療方針に切り替えることも困難になることがあります。例えば、大臼歯を大きく圧下させる治療を試みて、途中で計画通りに進まなくなった場合、その時点での歯の位置や咬み合わせから、通常の治療ゴールを目指すことが難しくなることがあります。結果として、通常の治療方針で得られたであろう結果よりも良くない結果になってしまうリスクがあるのです。
SNSに見える成功例の裏側

SNSや動画サイトで紹介されている症例は、その治療法が成功した一例です。治療前後の写真を見ると、確かに劇的な変化があり、「自分もこうなりたい」と思うのは当然のことです。しかし、その裏側には、残念ながらうまくいかなかった症例や、途中で目標を変更せざるを得なかった症例も存在します。その確率がどの程度なのか、多くの場合明らかにされていません。
これは矯正歯科界全体に言えることですが、医療においては、うまくいった症例が発表されやすく、難渋した症例や目標を変更した症例はあまり表に出てきません。学術論文でさえ、成功した症例が中心に報告されます。これは矯正歯科が、治療結果の見た目も重要な分野であることと関係しています。美しい治療結果の症例は、学会発表でも、論文でも、もちろんSNSでも、注目を集めやすいのです。
一方で、治療に苦戦した症例や、当初の目標を変更した症例は、なかなか表に出てきません。これは決して隠蔽しているわけではなく、「失敗」や「妥協」という言葉には、どうしてもネガティブなイメージがついてまわり、それを発表することに抵抗があるからです。また、患者さんのプライバシーの問題もあります。結果として、患者さんの目に触れる情報は、どうしても成功例に偏ってしまいます。これは学術的にはPublication Bias(出版バイアス)と呼ばれる現象です。見えている情報だけで判断すると、実際よりも成功率が高く見えてしまうのです。
また、治療を紹介する際には、その治療法の利点が強調されがちです。新しい技術や特殊な方法であればあるほど、その特徴や可能性が前面に出されます。これはある程度仕方のない面もありますが、すべての症例で同じような結果が得られるわけではないことを理解していただく必要があります。
SNSで見る症例写真は、多くの場合、その治療法が最も適していた患者さんの結果です。骨格的な条件、歯の状態、年齢、協力度など、様々な要素が理想的に揃った症例かもしれません。治療を希望する患者さんの状態とは、条件が大きく異なる可能性があります。
遠方から希望の医院へ通院するリスク

特殊な治療方針を探している患者さんは、矯正治療に対して非常に強い思いや不安を持たれている方が多く、「自分に合っている」と思った医院であれば、遠方でも通院を決意されます。中には、新幹線や飛行機を使って通院される方もいらっしゃいます。これは患者さんの熱意の表れであり、私たちも真摯に向き合います。
しかし、矯正治療は短期間で終わるものではありません。一般的に2年から3年、症例によってはそれ以上の期間を要します。その間、月に1回程度の通院が必要です。遠方通院は、当初は問題なくても、長期間継続するとなると様々な困難が生じる可能性があります。転居、仕事の都合、家庭の事情、体調の変化など、生活環境は数年の間に変わることがあります。特に若い方であれば、就職、転職、結婚、出産など、ライフイベントが重なることも珍しくありません。また、単純に時間的・経済的負担が大きくなり、継続が難しくなることもあります。
治療が中断してしまうと、それまでの時間と費用が無駄になるだけでなく、歯や歯周組織の健康を損なう可能性もあります。矯正装置をつけたままで治療が中断すると、虫歯や歯周病のリスクが高まります。途中で別の医院に転院することも可能ですが、治療方針の引き継ぎは必ずしもスムーズにいくとは限りません。特に特殊な治療方針の場合、引き継げる医院が限られることもあります。
専門性の本質は「何ができて何ができないかを知っている」

ここで、矯正治療における専門性について、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。これは私が長年の臨床経験を通じて、最も重要だと考えていることです。多くの方は「良い矯正医=どんな難しい症例でも治せる医師」と考えられるかもしれません。確かに、技術力は重要です。しかし、専門医としての真の実力は、実は「何ができて何ができないかを正確に知っている」ことにあります。医学は万能ではありません。すべての治療方法には適応症があります。万能な治療法は存在しません。それは、どんな風邪にも効く万能薬が存在しないのと同じです。風邪の原因がウイルスなのか細菌なのか、患者さんの年齢や体質はどうか、他の病気はないかなど、様々な要素を考慮して適切な治療法を選択します。
矯正治療も全く同じです。患者さんの骨格的な特徴、歯の状態、年齢、顎関節の健康状態、歯周組織の状態、全身的な健康状態、生活習慣、治療への協力度など、様々な要素を総合的に判断して、最も適した治療法を選択する必要があります。重要なのは、目の前の患者さんの状態を正確に診断し、その方に最も適した治療法を選択することです。そして時には、ある治療法が適さないと判断し、それを率直にお伝えすることも、専門医としての重要な責任なのです。患者さんの希望を何でも叶えることが良い医師なのではなく、患者さんにとって本当に最善の結果をもたらす判断ができることが、専門医の価値だと考えています。
私たちの医院では、適応症を慎重に選んで治療を行っています。「この治療法はあなたの症例には適していません」とお伝えすることもあります。その結果、他の医院を探される患者さんもいらっしゃいます。それは患者さんの自由ですし、セカンドオピニオンを求めることは大切なことです。しかし、適応症を選んで治療を行うことで、実際に治療を受けられた患者さんについては高い満足度を得られています。それは「適応する症例を選んでいる」からこそです。すべての希望を受け入れるのではなく、責任を持って良い結果を出せる症例に集中することで、成功率を高めているのです。
治療のゴールについて

矯正治療において、当初設定した理想的な目標がすべて達成できるとは限りません。治療を進める中で、歯の動きが予想と異なったり、生物学的な限界が見えてきたり、予想外の反応が見られることもあります。これは治療を始めてみなければわからないこともあります。そのような場合、私たちには二つの選択肢があります。一つは、理想的な目標を追い続けて治療期間を延長すること。もう一つは、現実的で合理的なゴールを設定し直すことです。
どちらが正しいかは、ケースバイケースです。あと少しの努力で理想的な結果が得られそうな場合は、患者さんと相談しながら治療を継続することもあります。しかし、これ以上治療を続けても大きな改善が見込めず、むしろリスクが高まる場合もあります。歯根吸収、歯周組織へのダメージ、顎関節への負担などを考慮すると、現時点で治療を終了した方が良いこともあるのです。
これを「妥協」と捉える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、医療における賢明な判断であり、リスクを回避しながら良好な結果を得るための戦略でもあります。限られた時間の中で、患者さんの歯と歯周組織の健康を守りながら、最も良いバランスを見つけることが大切なのです。
実際、「妥協的なゴール」で終了した患者さんの多くは、治療結果に満足されています。確かに、当初思い描いた完璧な状態には到達していないかもしれません。しかし、治療前と比べれば大きく改善していますし、何より健康的な状態で治療を終えられています。治療期間も無駄に延びていません。
矯正治療を考えている患者さんへのアドバイス
矯正治療を検討される際、以下の点を心に留めていただければと思います。まず、治療のリスクや副作用について詳しく説明してくれる医師を選んでください。「必ずできます」「100%大丈夫です」という言葉は、一見頼もしく聞こえるかもしれません。しかし、医療に「絶対」はありません。むしろ、「この治療にはこういったリスクがあります」「成功率はこの程度です」「このような場合はうまくいかないことがあります」と正直に話してくれる医師の方が、結果的に信頼できます。
リスクを説明することは、医師が真摯に患者さんと向き合っている証拠です。患者さんに正しい情報を提供し、十分に理解した上で治療を選択していただく。これがインフォームドコンセント(説明と同意)の本質です。また、ご自身の症例が、希望する治療法の良い適応症なのかどうか、率直に聞いてみてください。良い矯正医は、適応症でない場合には、その理由を丁寧に説明してくれるはずです。そして、代替案を提示してくれるでしょう。「この方法は難しいですが、こちらの方法なら良い結果が期待できます」という提案ができるのが、経験豊富な矯正医の強みです。
複数の医院で相談することも良いでしょう。ただし、「希望する治療法をやってくれる医院」を探すのではなく、「自分の状態を正確に診断し、最適な治療法を提案してくれる医院」を探すという視点で選んでください。SNSで見る美しい症例写真は、確かに魅力的です。しかし、それはその治療法がうまくいった一例であり、すべての人に同じ結果が得られるわけではありません。ご自身の骨格、歯の状態、年齢、生活環境などを総合的に考慮した上での判断が必要です。写真だけで判断するのではなく、実際に診察を受けて、自分の状態に合った治療法を見つけることが大切です。
通院の利便性も重要な要素です。特殊な治療を求めて遠方の医院を選ぶ前に、本当に数年間通い続けられるか、よく考えてください。近隣に信頼できる矯正医がいれば、長期的には大きなメリットになります。
終わりに

私たち矯正医は、患者さんの期待に応えたいと常に考えています。美しい笑顔、健康的な咬み合わせ、自信を持って笑える毎日。そのために技術を磨き、新しい治療法も学び続けています。しかし同時に、医療の専門家として、正直で現実的な情報を提供する責任があります。できることとできないことを明確にし、リスクを包み隠さず説明し、患者さんが十分な情報に基づいて治療を選択できるようサポートすることが、私たちの使命だと考えています。
「魔法のような治療法」を探すよりも、ご自身の状態を正確に診断し、適切な治療法を提案してくれる信頼できる矯正医を見つけることが、結果として最も満足度の高い治療につながります。派手な宣伝や、完璧な症例写真だけに惑わされず、医師との対話の中で信頼関係を築けるかどうかを大切にしてください。矯正治療は、医師と患者さんが共に歩む長い道のりです。治療期間中には、予想外のことも起こるかもしれません。その時に、お互いに信頼し、率直に話し合える関係があれば、困難も乗り越えられます。リスクも含めて率直に話し合える関係を築けることが、成功への第一歩だと私は考えています。
どうぞ、慎重に、しかし前向きに、矯正治療の選択をしてください。そして、信頼できる矯正医との出会いがありますように。
【記事執筆者の略歴】
牧野 正志
徳島大学歯学部卒業 (2006)
東京歯科大学 歯科矯正学講座 研修課程修了 (2010)
まきの歯列矯正クリニック開設 (2012)
日本矯正歯科学会 認定医・臨床医





