床矯正が失敗しやすいケース

最近、すぐに子供の矯正治療を開始するか悩んでいる保護者の方が多いと聞きます。この理由の一つに、今まで早期治療の適応ケースではないお子さんにまでに小児矯正を行っていたということがあげられます。また、インターネットの情報からも保護者の方達が早期治療の効果について疑いを持ち始めている事もあげられます。
歯列やアゴの成長に悪い生活習慣などの改善は早期から行う事については良い事と考えます。しかし、早期治療を行うことで歯列不正の予防効果に繋がるかについては全てのお子さんに効果があるわけではありません。時には、矯正治療を行わなくても問題なかったケースもあります。
したがって、当院では小学生以下の早期治療は、全てのお子さんに必要とは考えてはいないため、かみ合わせに問題がなければ、矯正治療を始めない事もあります。
目次
小児矯正はまだ床矯正が主力
子供の矯正治療といえば、パカパカと入れ歯のような装具を取り外す床矯正が日本で一番行われています。学校検診に行くと、必ず床矯正を使用しているお子さんがクラスに何人かいます。

床矯正装置は拡大プレートとも呼ばれ、その構造はレジンでできたプレートが真ん中で2つに割れており、その間に拡大用のスクリュー(ねじ)が埋め込まれています。これを自宅で少しづつ回す事で、歯並びを横方向に広げていくメカニクスです。専門的には「緩徐拡大装置」と呼びます。
スクリューは専用のキーを使って90°ずつ回せるようになっています。1回の操作で0.25mm床部分の割れ目が広がっていきます。1週間で1調整で拡大を行うと約1か月(4週)で1mm歯列の幅が広がります。
床矯正治療であごは広がらない
床矯正装置では歯並びが外側に広がるだけなので、骨格の形を変える事はできません。つまり、「あごを広げる」といった効果はほぼありません。主に、前歯を並べるスペースを一時的に作ってあげるために使用します。では、どのように歯並びが拡大しているかというとほとんどが「傾斜移動」といって横開きになって広がっていきます。歯の下にあるあご骨は多少再構成される事がありますが、期待するほどの骨格になる事はありません。

もし、あご骨を広げたい場合は、床矯正装置ではなく急速拡大装置と呼ばれるような特殊な固定式の拡大装置が必要です。急速拡大装置にも適応症があり、全ての症例で成功するわけではなく長期的成功率も50%程度です。

床矯正の適応には注意が必要
前述のように床矯正装置には歯並びを広げる効果がありますが、奥歯が真横に並行移動していく訳ではありません。傾斜移動といって段々と外開きに開きながら広がっていきます。ですから、歯列を土台の骨格以上に広げすぎると、奥歯のかみ合わせが崩れていってしまいます。その結果、かみ合わせの位置が定まらなくなってしまったり、治療により噛めなくなってしまうという事が出てきてしまう事があります。
特にかむ力が弱いと言われている面長傾向(ハイアングルケース)のお子さんで、下あごが後ろに引っ込んでいるタイプのお子さんの場合、歯列拡大で奥歯の噛み合わせが悪くなる事で、上下の前歯が接触しなくなってくる事があります。床矯正で前歯を並べるスペースはできたのですが、開咬になってしまうのです。歯列は並んだけど、噛み合わせは悪くなってしまっては、意味はありません。
床矯正をやってはいけないタイプ
簡単にいうと、面長のお顔で出っ歯傾向のお子さんは床矯正の適応症ではありません。下顎が小さく、上の前歯は前に出ているため、口が閉じづらく無理して閉じると顎に梅干しシワができます。このタイプに床矯正装置による歯列拡大を行うと、かなりの確率で前歯が噛めなくなります。さらに、上下の前歯の隙間に舌が入り込む悪い舌の癖も生まれ、どんどん噛み合わせが悪化していきます。

ですから、このタイプのお子さんは、例え下の歯並びが、でこぼこでも床矯正は行わない方がベターです。一般的には永久歯列交換後に小臼歯という歯を2〜4本抜歯して行う本格矯正治療にて治す可能性が高い歯並びになります。もし、早期治療を行う場合は、機能面にアプローチできる機能的マウスピース矯正装置【プレオルソ】の方がベターです。
床矯正治療の適応症は少ない
上記のようなケースでなければ、床矯正でもある程度は歯並びが治りますが、残念ながら適応症としてはかなり少ないです。日本人は元々あごが華奢で面長のお顔が多いため、お子さんの歯列拡大が可能なケースは半分以下と考えます。さらに、これは年々減っていっています。

当院で昨年の治療開始患者さんのデータを統計したところ、半分以上の方が下アゴが小さく面長傾向(ハイアングルケース)のお顔でした。つまり半分以上が床矯正適応外です。もし、全てのお子さんに床矯正治療を使用すると半分は噛み合わせが悪化するという事です。
どんな治療装置にも適応症があります。全ての方に使用できる矯正装置というのはありません。適応外ケースに行うと、当然良い治療結果は生まれません。床矯正治療の適応症について、わからない場合は矯正専門医に相談をすると良いと思います。
床矯正だけでは歯並びは完成しない
保護者の方は、床矯正を行うことで2期治療と呼ばれる永久歯の細かい歯並びの矯正治療を回避したいと思っています。ですが、床矯正だけでは永久歯を細かく並べることはできません。ですから、もともと軽度の歯並びの方以外は、床矯正治療だけではある程度までしか歯並びが良くなりません。
そして、少しだけ歯並びが良くなったとしてもリテーナー使用しないと、長期間にわたって拡大した歯並びも一瞬でもとのサイズまで後戻りしてしまいます。したがって、保護者の方が、お子さんの歯並びを審美的にもきれいな状態を矯正治療のゴールと考えている場合は、床矯正治療は行わず永久歯列が生えそろうまで待機し全体の矯正治療から開始する方が良いこともあります。
床矯正治療で後戻りした失敗例
当院の床矯正治療の後戻り失敗例です。狭窄している上の歯並びを床矯正装置で拡大し、前歯の突出を改善しました。予想以上にうまく前歯の歯並びは改善し、その後は、リテーナーを渡してI期治療のみで終了としました。
<症例概要>
主訴:上前歯のがたつき
年齢・性別:9歳女子
住まい:千葉県八千代市
症状:叢生・上顎前突
治療方針:上顎歯列弓狭窄・過蓋咬合
治療装置:上顎拡大床装置
管理期間:1年9か月
リテーナー:上下プレートタイプリテーナー
治療費用:484,000(税込)
注意点:成長後の後戻りの可能性・虫歯や歯肉炎のリスク向上
▶︎その他の副作用
ところが、1期治療から6年経ったところで来院した際、歯並びを確認すると、拡大した上の歯並びは元に戻っていました。リテーナーは治療後1年程度は使用していたのですが、その後は自己判断でやめてしまったそうでした。それでも、この症例では床矯正治療の効果はほとんどなかった失敗例※と言えるのではないでしょうか。
※全く効果がないというわけではありませんが、拡大治療を行なった患者さんの半分くらいにみられます。
よって、ここからマウスピース型矯正装置でII期治療※を行い、今回はしっかりと固定式のリテーナーを設置しました。このような症例をみると床矯正治療の効果というのは、長期的に維持することが本当に難しいのだと思います。
※患者さんと保護者にはもともとII期治療が必要ということもお話していたため、スムーズに治療は進みました。
<II期治療>
主訴:上前歯のがたつきの後戻り
年齢・性別:18歳女性
症状:叢生・上顎前突
治療方針:上顎歯列弓狭窄・過蓋咬合
治療装置:マウスピース型矯正装置(インビザライン・薬機法対象外)
管理期間:1年1か月
リテーナー:上下クリアタイプ+フィックスタイプ
治療費用:506,000(税込)
注意点:成長後の後戻りの可能性・虫歯や歯肉炎のリスク向上
▶︎その他の副作用
まとめ
子供の早期矯正治療は、以前は適応外のケースにも実施されていましたが、今は慎重な判断が求められています。床矯正は歯並びを横に広げる効果はありますが、あごの骨格は変える効果はほとんどありません。特に面長で出っ歯傾向の子供には適さず、永久歯の細かい歯並びまでは治せないため、個々のケースに応じて治療開始時期を判断する必要があります。