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小児矯正は本当に必要?否定的な文献のまとめ

小児矯正は本当に必要?
否定的な文献のまとめ

 多くのお子さんを持つ保護者の方が悩む「小児矯正(早期矯正治療)をやるべきか?」について、否定的な科学的研究を説明していきます。歯科医院で「お子さんは今すぐ矯正を始めた方がいいです」と言われて、迷っている方も多いのではないでしょうか?実は、世界の矯正歯科界では、小児矯正の効果について疑問が投げかけられています。肯定的な文献はありますが、否定的な文献の方が取り上げられることの方が少ないです。そこで近年の小児矯正の効果に対する否定的研究結果報告をまとめてみます。

 この内容は、アメリカ矯正歯科学会雑誌、アングル矯正歯科医雑誌、ヨーロッパ矯正歯科学会雑誌などの信頼できる学術論文の内容をもとにしています。

多くの場合、急ぐ必要はない

小児矯正は多くの場合、急ぐ必要はない

 最初に結論を言ってしまうと、ほとんどの場合は小児矯正を急いで始める必要はありません。むしろ、中学生以降になってから始める方が、時間もお金も節約できて、同じかそれ以上の結果が得られることが、世界レベルの研究で報告されています。

小児矯正の効果を調査した研究

 一番目を引いたものとして、アメリカのノースカロライナ大学で、10年間かけて行われた大規模な研究があります。重度の出っ歯の子どもたちを2つのグループに分けて比較した調査です。Aグループは小学生のうちに1期治療を始めて中学生で2期治療、Bグループは中学生になってから一度の矯正治療を行いました。その結果は驚くべきもので、なんと最終的な歯並びの美しさ、噛み合わせの良さ、治療期間、治療の複雑さ、すべてにおいて差がなかったのです。つまり、この研究報告では小学生のうちに始めた1期治療は、長期的には意味がなかったということになります。

 世の中の研究結果は、「サンプル選択の偏り」といって、良い結果が出たもののみを選択し、悪い結果のものは無視するという傾向を完全に防ぐことができません。これはランダム化比較試験といって、前向き研究であり、因果関係が推測しやすく信頼性はかなり高いと言えます。

参考:Tulloch, J.F.C., Proffit, W.R., Phillips, C. (2004). “Outcomes in a 2-phase randomized clinical trial of early Class II treatment.” American Journal of Orthodontics and Dentofacial Orthopedics, 125(6), 657-667.

 さらに、イギリスの研究者たちが世界中で行われた小児矯正の研究を全て集めて分析した結果も同様でした。こちらも結論は「11歳以前の矯正治療が、後から始める治療よりも優れているという証拠は見つからなかった」というものでした。

参考:Sunnak, R., Johal, A., Fleming, P.S. (2015). “Is orthodontics prior to 11 years of age evidence-based? A systematic review and meta-analysis.” Journal of Dentistry, 43(5), 477-486

なぜ「今すぐ」と言われるのか?

なぜ「今すぐ」と言われるのか?

 多くの歯科医師は、歴史のある教科書や経験に基づいて治療をしています。しかし、科学は日々進歩しており、以前の「常識」が覆されることは往々にしてあります。ヨーロッパの権威ある医学雑誌に掲載された研究では、矯正歯科分野の約60%の研究で、初期の治療効果が過剰に誇張されている可能性があることが明らかになっています。かくいう私も学生時代には小児矯正治療の有効性を習い、実際臨床を行なっていくうちにその効果については疑問を持つようになってきました。 保護者の方の「やらないで後悔するより、やって後悔する方がまし」という気持ちは理解できます。そうすると、医療においては「害がないこと」の証明が重要になります。

参考:Seehra, J., Stonehouse-Smith, D., Pandis, N. (2021). “Assessment of early exaggerated treatment effects in orthodontic interventions using cumulative meta-analysis.” European Journal of Orthodontics, 43(5), 601-605.

早期治療で起こる実際の問題

早期治療で起こる実際の問題

 矯正治療を早く始めると、当然ですが治療期間が長くなることは証明されています。つまり、お子さんが装置をつけている期間が長期化していきます。さらに小児矯正治療に本格矯正治療を行う2段階治療は、1回で行うより治療費が同等か高額になります。しかも、効果は変わらない可能性もあります。そう考えると小学生という多感な時期に矯正装置をつけることで、お子さんの心理的負担が増えるだけということになる可能性もあります。小児矯正装置の多くは取り外し式であり、成長期に年単位で使用しなくてはなりません。この長期間の治療は、モチベーションの維持が困難になり、途中で脱落してしまうリスクもあるということです。

参考:Assessment of Orthodontic Treatment Outcomes: Early Treatment versus Late Treatment. The Angle Orthodontist, 75(2), 162-170 (2005).

世界的権威が語る小児矯正の真実

世界的権威が語る小児矯正の真実

 世界的に有名な矯正歯科医であるマンチェスター大学のケビン・オブライエン教授は、小児矯正について「干し草の山から針を探すようなもの」と表現しています。つまり、効果があるケースを見つけるのは極めて困難であると言っています。同教授は「私たちは小児矯正の効果を科学的根拠ではなく、臨床経験や伝聞、SNSの情報に基づいて治療を行っているのではないか?」と警鐘を鳴らしています。小児矯正治療は、その効果なのか、もともとそのような成長を示すタイプであったかを判断することが難しいと言えます。さらに患者さんの、ウェブサイトやSNSによる体験談は成功者のみし書かれない傾向があり、ステルスマーケティングが含まれている可能性があります。

参考:Kevin O’Brien’s Orthodontic Blog – “Is early orthodontic treatment based on evidence? Looking for needles in a haystack.

小児矯正治療が必要なケースもある

 ここまで、否定的な文献を説明してきましたらが、当院の実際の臨床では小児矯正を完全に否定しているわけではありません。前歯が反対に噛んでいてあごの位置がずれて噛んでいる場合や、奥歯の噛み合わせが悪い場合など、機能的な問題がある場合は早期治療が推奨しています。また、上の前歯が8mm以上前に出ていることにより転倒した時に折れるリスクが高い場合も同様です。ただし、これらのケースはそう多くはありません。

 したがって、賢い判断をするためには一つの歯科医院の意見だけで決めず、必ず複数の意見を聞くことが良いかと思います。特に矯正歯科専門医に相談することをお勧めします。本当に緊急性があるケースはマレです。「今決めないと手遅れになる」という説明には注意が必要です。なぜ今始める必要があるのか、中学生から始めた場合との違いは何か、1期治療で何がどう改善されるのか、これらの内容に説明がない場合は、治療開始時期をよく考える必要があります。

 アメリカ矯正歯科学会は「7歳での検診」を推奨していますが、これは検診であって治療開始時期ではありません。実際の治療開始時期については、日本ほど早期治療は一般的ではありません。ヨーロッパでは、さらに慎重で、多くの国で12歳前後からの治療開始が標準です。フィンランドなどの北欧諸国では、公的医療で小児矯正を行う場合でも、非常に限定的な適応症のみに絞られています。

参考:Outcome and long-term stability of an early orthodontic treatment strategy in public health care. European Journal of Orthodontics, 35(2), 183-190 (2013).

冷静な判断を

小児矯正は冷静な判断を

 お子さんの歯並びが気になる気持ちは、保護者の方として当然です。しかし、「早く始めれば始めるほど良い」という考えは、科学的に証明されてはいません。混合歯列期(乳歯と永久歯が混在する時期)は、自然に歯並びが改善することがよくあります。特に前歯の隙間や軽度の叢生は、成長とともに改善する可能性があります。矯正治療の最も重要な目標は、永久歯が正しい位置に並ぶことです。永久歯が生え揃う前の治療は、あくまで「準備」に過ぎません。

 現在の矯正歯科技術は非常に進歩しており、中学生からでも成長を利用し、十分に安定した歯並びを作ることができます。焦らず、複数の専門医の意見を聞いて、感情的にではなく科学的根拠に基づいて治療開始をするべきか判断した方が良いです。そして、治療を受けるのはお子さんの気持ちも大切にしてあげる必要があります。

「今すぐ始めないと手遅れになる」ということは、ほとんどありません。冷静な判断で、お子さんにとって最良の選択をとった方良いです。もし治療を始めるなら、永久歯が生え揃う12歳前後からでも十分に間に合うということを、ぜひ覚えておいてください。

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