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【矯正治療の真実】リテーナーは永遠か?

まきの歯列矯正クリニック 院長 牧野正志

 多くの患者さんが見落としがちな重要な問題、それは「矯正治療後の歯並びの維持」です。矯正治療により美しい歯並びを手に入れることができますが、実は治療後の管理が非常に重要だということをご存知でしょうか。今回は、矯正治療の「その後」について、患者さんが知っておくべき重要な内容を説明します。

矯正治療の本質を理解する

 現在では、治療技術の進歩により、簡単なケースであれば通院不要のデリバリー式のマウスピース装置で、難しいケースであれば歯科矯正用アンカースクリューを駆使することで、高い確率で治療を成功させることができる時代になっています。ですが、矯正治療の効果について考える時、患者さんも矯正歯科医も理解しておくべき重要な視点があります。それは、矯正治療はある意味で「生体の自然な反応に逆行する治療」であるという面があることです。

 歯並びやかみ合わせが悪くなるのは、それぞれの骨格や歯の形態、あごを支える筋肉や舌の力、日常生活での機能が作ります。つまり、患者さんはなるべくして歯並びが悪い状態が作られているのです。よって、その歯を矯正(強制)的に移動させ、その位置を維持しようとする行為は、体が本来持っている恒常性に反する面もあるのです。この点では、矯正治療は原因療法ではなく対症療法にも近い性質を持っているとも言えます。

矯正治療は対症療法の側面を持つ

 多くの人が誤解している重要な点は、矯正治療は必ずしも歯並びに対しての「根治治療」ではないという事実です。たしかに矯正治療により、歯を理想的な位置に移動させることは可能ですが、治療後はもといた位置に戻ろうとする力は永続的に存在します。さらに、年数が経過するにつれ、今度は歯並びの経年変化という力を受け続けます。これらの歯並びを崩そうとする力に対抗するためには継続的なリテーナーによる保定が必要になります。

 これは、例えばメガネやコンタクトレンズの使用に似ています。レーシックなどの視力矯正手術をしない限り、視力補正具は継続的に使用する必要があるのと同じように、矯正治療後もリテーナーという「補正具」が必要になります。

リテーナーの現実

 このように矯正治療においてリテーナー(保定装置)の使用は避けて通れない道です。しかし、その使用には多くの患者さんが予想していない様々な課題が伴います。まずは、「リテーナーが一時的なものではない」という基本的な事実を治療前に知らされていないということもあります。これは、矯正治療自体が歯並びの完成を目的とした請負契約に近い契約で進むため治療後の後戻りまでは保証していないという点が原因としてあげられます。また、矯正歯科医自体も長期症例を経験していることが少ないため、治療後のリテーナーの重要性に注視していないことがあります。

 矯正治療を終えた多くの患者さんが「いつまでリテーナーを使用すればいいの?」という疑問を持ちます。非常に耳の痛い内容ですが、結論から言えば、理想的な歯並びを維持するためには、生涯にわたるリテーナーの使用が推奨されます。これには生理学的な理由があります。まずは歯を支える歯根膜や歯周組織は、治療後に適応するまで時間がかかります。適応後、今度は加齢とともに歯が動き始めます。それ以外にも、毎日の生活の様々な力の影響を受けて、多少は歯が動いています。普段の舌の位置、食事、会話、歯ぎしりやくいしばりなどは歯列に力を加えます。これらの要因により、リテーナーを使用しないと歯は徐々に元の位置、場合によっては治療前とは異なる位置に移動しようとする傾向があります。

 また、困ったことにリテーナーを装着すれば絶対に後戻りを回避できるかというと、そういうわけでもありません。多くのリテーナーは、上下の歯並びを別々にアーチを崩さないよう表裏側からおさえるように設計されていますが、垂直的(上下)にはおさえることはできません。また、歯を1mmも動かさないように作られているわけでもありません。よって、リテーナーを規定通り使用し続けても、歯はある程度移動します。なかには、リテーナーを使用してもほとんど効果がない場合もあります。

長期的な視点で矯正治療を考える必要性

 矯正治療の本質を理解することは、治療を行うかの選択する際に重要な判断材料となります。特に審美的な理由のみで治療を検討しており、矯正治療を行わない選択や、保定の必要性が低い審美歯科治療を選択するという選択肢も検討に値します。矯正治療は、単に治療期間だけでなく、その後の人生全体を見据えた選択となります。そのため、患者さん自身も長期予後を考慮した治療選択が必要です。同様に、そういった長期的な視点を持った矯正歯科医のもとで治療を受けることが重要です。

 近年、SNSなどで「手軽な矯正治療」や「安価な矯正治療」の広告を目にすることが増えています。しかし、これらの情報には以下のような問題がある場合が多いです。

 矯正治療は、見た目の改善だけでなく、口腔機能の向上や生活の質の改善にもつながる重要な医療行為です。しかし、それは同時に生体の自然な傾向に逆らう処置でもあり、継続的な管理なしには その効果を維持することが難しい治療でもあります。治療を検討される際は、生涯にわたる歯並びの管理の必要性と継続的な自己管理能力の重要性をよく考えて治療開始する必要があります。一方で、ある程度の変化を受け入れる心構えがあれば、完璧な状態の維持にこだわらずとも、矯正治療による改善は十分に価値のあるものとなります。重要なのは、自身の状況と必要性を十分に理解し、期待する結果と管理の現実とのバランスを考慮した上で、長期的な視点で最適な選択をすることです。

保定も考えた矯正歯科医院の選び方

 矯正歯科医を選ぶ際、多くの人は治療実績や症例数に注目しがちです。しかし、実は治療経験年数の方がより重要な指標となる場合があります。その理由は、矯正治療の真の成功は保定期間の管理にかかっているからです。経験豊富な矯正歯科医は以下のようなスキルを持っています。

  • 長期的な経過観察の実績がある
  • 様々な症例の保定経過を見てきている
  • 患者個々の状況に応じたリテーナーの使い分けができる
  • 後戻りのリスク管理に長けている

 特にリテーナーの選択と管理は、矯正医の重要なスキルの一つです。患者の生活習慣、年齢、治療内容に応じて最適な保定装置を選択し、その使用方法を適切に指導できる能力が求められます。これらをスキルは日本矯正歯科学会の認定医の更新試験ないし臨床指導医の資格試験で2年保定の資料提出として試されます。よって、学会資格のある矯正歯科医のもとで治療を行うメリットの一つとしては、保定管理の安心さというのがあげられるわけです。

 信頼できる矯正歯科医は、治療開始前に治療後の保定管理と後戻りのリスクについての説明があり、患者さんの性格や環境を考えて矯正治療の行うか選択を提案してくれます。

まとめ

 矯正治療は効果的な歯列矯正法ですが、治療後の維持管理が重要です。治療は生体の自然な反応に逆行する面があり、完全な根治療法ではありません。歯は元の位置に戻ろうとするため、生涯にわたるリテーナーの使用が推奨されます。信頼できる矯正歯科医は、治療実績だけでなく経験年数も重要なポイントです。

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