成長期の骨格性下顎前突の診療ガイドライン
日本矯正歯科学会が中心となって作成した『矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編』が EBM普及推進事業(Minds)診療ガイドラインに掲載されました。これは、世界のガイドライン作成法の主流であるGRADEシステムに採用し、骨格性下顎前突に使用される3つの代表的な矯正装置の診療ガイドラインについて説明しています。
GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)システムとは、根拠となる文献の確実性と推奨の強さを順位付けしていく20年以上前からあるアプローチになります。
※少し難しい専門的内容が含まれています。
骨格性下顎前突とは?
下顎前突とは、『反対咬合で、前歯 3 歯以上の逆被蓋』または『上下顎前歯が逆被蓋を呈 する上下顎歯列弓関係の不正を総称するもの』とされています。つまり受け口状態の歯並びもまとめて下の歯並びが前方に出ている状態を下顎前突と呼びます。アジア人に多く、少し古い報告になりますが日本の3~19 歳女児の下顎前突発生頻度は 4.24%(1971)だそうです。
その中でセファロレントゲン分析で明らかに下顎の前後的長さが上顎より長いケースを骨格性下顎前突としています。今回はガイドライン作成に選ばれた文献は、ただ単に受け口のケースではなく骨格性の問題があるケース(セファロ分析値ANB<-2°)が選択されています。
骨格性下顎前突治療の問題点
下顎前突の治療は3つに区別されます。
骨格性…上顎と下顎の骨の大きさ・長さの問題
歯性…上下の前歯の前後的位置の問題
機能性…かみ合わせの位置の問題(詳しくは…)
さらに下顎前突の治療には、一般的に成長期と成長終了後の治療ステージがあります。成長終了後の骨格性下顎前突は、矯正治療で歯の位置のみを動かして骨格要素をカムフラージュする治療※と、骨格の手術を併用した外科的矯正歯科治療の二択となります。
※カムフラージュ治療:歯並びのみの改善で骨格のズレをごまかす治療
一方、成長期の骨格性下顎前突は、様々な矯正装置を用いて成長と顎整形力※や矯正力を利用した矯正歯科治療が行われています。しかし、この装置の選択や治療のタイミングについては、統一したガイドラインがありません。そして、それぞれの矯正装置がどの程度の効果があり、最終的にどれくらい外科的矯正治療を回避できるかも示されていません。
※顎整形力:顔面の骨格を正常方向に誘導する矯正治療
成長期に矯正歯科治療を行っても、遺伝的要素が強く影響し、下顎骨の成長量や成長方向によっては最終的に外科的矯正治療が必要となるケースも一定数あります。成長期の矯正歯科治療は行わずに、成長終了時から保険適用である外科的矯正治療をした方が、患者さんの精神的・肉体的・経済的な負担が少ない場合もあるのです。
この点で、矯正歯科医が受け口を含む下顎前突ケースを早期に治療開始するべきかよく検討しなくてはなりません。当院では、患者さんの生活面を重視し、早期治療を行わないケースも多々あります。
骨格性下顎前突の矯正装置の評価
成長期の骨格性下顎前突の改善方法は、主に引っ込んでいる上顎を前に引っ張るか、前方出ている下顎の成長を抑えるかのどちらかになります。使用する矯正装置は、主に3つのパターンに分けられます。
1)上顎を前方成長を促進させる上顎前方牽引装置
2)上顎と下顎のバランスを良い方向に成長させる機能的矯正装置
3)下顎の成長を抑えるもしくは、成長方向を変えるチンキャップ
各矯正装置の評価を下記に説明していきます。
上顎前方牽引装置は弱い推奨
上顎前方牽引装置とは、フェイシャルマスクやリバースヘッドギアとも呼ばれます。上の歯列に何らかの矯正装置を装着し、そのフックとお顔につけるマスクをゴムで引っ張り合いをします。一般的には上顎には固定式の急速拡大装置が併用されます。上の歯列と骨格の前方移動や、マスクで抑えられている下顎の後方移動がゆっくりと起こります。
診療ガイドラインでは、上顎前方牽引装置は上下顎骨の前後的差異の改善効果や下の前歯が後ろに引っ込むなどの効果はありますが、長期管理をしていくとその効果は少なくなっていくとされています。また、効果が出るかもバラつきがあり、ほとんど効果がないケースもあると記載されています。
当院の臨床でも、成長期終了後に下顎前突傾向が良く改善したケースもあります。確かに、これが矯正装置の効果なのか、もともとのお子さんの成長パターンであったかは評価はできません。このようなケースは矯正装置を使用しなてくも同じだったかもしれません。
機能的矯正装置は弱い推奨
機能的矯正装置とは、主にマウスピース装置になります。小児用機能的マウスピース矯正装置(プレオルソやムーシールド)やビムラー装置・バイオネーターなどが代表例です。作用としては、上の歯並びに影響する頬や唇の筋圧や、下の歯並びに影響する舌の位置を補正し、間接的に歯列や骨格に影響を与えます。軽い前歯の受け口であれば、歯列に加わる力で素早く前歯を前後に移動させる効果も持っています。
診療ガイドラインでは、機能的矯正装置は、短期間で上顎歯槽骨が前方成長し、下顎骨の後方移動や発生するとされています。これにより横顔も変化させる事ができます。ただし長期的な効果について根拠のない治療方針です。
当院の臨床では、機能的マウスピース矯正装置(プレオルソ)を使用しております。短期間で前歯の受け口が改善し、患者さんの一時的な満足度も高いため、軽度症例には積極的に使用しています。ですが、長期的には下の前歯が内側に倒れるだけで、下顎の前方成長を抑える効果については疑問点が多く、小学生いっぱいで装置使用を停止することが多いです。
チンキャップは推奨しない
オトガイ帽とも呼ばれ、後頭部の帽子から顎先のキャップに向けてゴムをかける事で下顎を後ろに引っ張る装置です。下顎の成長抑制というより成長方向を前方から下方に変更させ、下顎前突の悪化を防止します。
診療ガイドラインでは、臨床的根拠の質が低く、チンキャップの下顎の成長を抑える効果については確信性がないとされています。ただし、下の前歯が内側に倒れ込み反対咬合の改善効果があるとされています。また、 口の中に全く矯正装置が入らないため、お子さんが矯正治療への負担が軽いと感じる可能性もあります。
当院の臨床では、機能的矯正装置の方が反対咬合改善の効果が早いため、チンキャップは使用していません。