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食いしばりは矯正治療で治るのか?

まきの歯列矯正クリニック 院長 牧野正志

食いしばりと矯正治療

 今回は多くの方が悩んでいる「食いしばり」について、矯正歯科治療との関連を交えて詳しく説明します。食いしばりは単なる癖ではなく、お口の健康に大きな影響を与える可能性がある問題です。矯正歯科にご相談に来られる患者さんもいますが、治療対象外であることが多くなります。

食いしばりの影響

食いしばりの影響

 食いしばりは日常的な習慣に思えるかもしれませんが、長期的には様々な健康問題を引き起こす可能性があります。最も顕著な影響は、顎関節症です。顎関節に過度の負担がかかることで、痛みや開口障害を引き起こします。また、歯への影響はもっと深刻です。歯のエナメル質が摩耗し、歯の感度が増し知覚過敏が生じてきたり、最悪の場合は歯が割れる可能性も高くなります。さらに、歯周病傾向の方の場合は、過度の圧力がかかることで、歯肉の退縮や歯の動揺が発生します。

 食いしばりによるあごの筋肉の緊張が頭全体に広がり、慢性的な頭痛も引き起こします。特に夜間の無意識の食いしばりは睡眠を妨げ、睡眠の質にも影響を及ぼすため、結果として日中の疲労感や集中力の低下につながります。このように、ほほやあごの筋肉が過度に使われると、顔全体の痛みや不快感を感じるまでの方もいます。重度の方の場合は、耳鳴りなど、聴覚にも問題が及ぶこともあります。顎関節は耳のすぐ近くにあるため、食いしばりによる影響を受けやすいからです。これらの影響は、時間とともに徐々に現れることが多く、原因の特定と適切な対処が重要になります。

いしばりの原因

食いしばりの原因

 食いしばりは、意識的または無意識的に上下の歯を強く噛みしめる習慣のことを指します。その原因は多岐にわたりますが、日常生活でのストレスや緊張が一番の要因となります。ストレスには物理的なものと、精神的なもの分けられます。

 物理的なストレスによるものには、スポーツ選手や重労働をされている方が、その時々に全身の筋肉を過緊張にするためにくいしばるケースがあります。一方、精神的ストレスによるもにのは、仕事や人間関係のプレッシャーが強い方は、知らず知らずのうちにあごに力が入るケースがあります。また、ストレスがなかったとしても、デスクワークなどにより姿勢の悪さも影響すると首や肩の筋肉の緊張が顎に波及し、食いしばりを誘発することもあります。

 薬物の副作用で食いしばりが起こることもあります。特に一部の抗うつ薬では、副作用として食いしばりが報告されています。これらの原因は単独で存在することもありますが、多くの場合、複数の要因が組み合わさっていることが多いのが特徴です。

無意識のいしばりと歯列接触癖

無意識の食いしばりと歯列接触癖

 食いしばりには、意識的に行うものと無意識に行うものがあります。特に注意が必要なのは、無意識のくいしばりです。多くの人が、自分がくいしばりをしているという自覚がないまま、長年この習慣を続けてしまっています。食いしばりに似た習慣として「歯列接触癖(TCH)」があります。これは、上下の歯を軽く接触させた状態を維持する癖のことです。食いしばりほど強い力ではありませんが、長期間続けることで、食いしばりに変化していくことがあります。

 無意識の食いしばりや歯列接触癖に気づくためには、いくつかの症状に気がつくことが大事です。まずは、朝起きたときに顎に疲労感や痛みを感じることがあります。頻繁に頭痛、特に顎関節が近い側頭部の痛みを感じる場合も要注意です。歯みがきの最中に、歯の摩耗が進んだり、歯が以前より敏感になったりすることもあります。

食いしばりの改善方法

食いしばりの改善方法

 食いしばりを改善するためには、原因に応じたアプローチが必要です。 日常で気をつけられる方法は、ストレス管理です。瞑想やヨガ、深呼吸法などのリラックス法を日常生活に取り入れることで、ストレスによる食いしばりを軽減できる可能性があります。特に就寝前に行うと良いです。

 日中の姿勢の改善も大切です。特にデスクワークが多い方は、正しい姿勢を意識し、定期的に体を動かすようにします。首や肩の緊張が和らぐことで、食いしばりの軽減につながることがあります。

医療機関での治療

 重症の場合は、医療機関で薬物療法が検討されることもあります。これらの方法を組み合わせることで、食いしばりの改善が期待できます。重症の場合は、薬物療法が検討されることもあります。ここでは、食いしばりの重症例で使用される可能性のある主な薬物療法について、詳しく説明します。

ボトックス療法

くいしばりにボトックス療法

 ボトックス療法は、近年注目されている治療法で、咬筋に少量のボトックス(ボツリヌス毒素)を注射します。ボトックスは神経と筋肉の接合部で神経伝達物質の放出を阻害し、筋肉の過度の収縮を抑えることで食いしばりの力を弱めます。この治療法は効果が比較的すぐに出るため、顎の痛みや頭痛などの症状が軽減される可能性が高く、顔の輪郭がすっきりする副次的効果もあります。
 しかし、効果は6か月ほどで落ちてきてしまうことが多く、継続的な治療が必要なります。また、注射による痛みや腫れが生じるケース、周辺の筋肉にも影響が及び、表情や咀嚼に影響が出るケースもあります。ボトックス療法は、他の治療法が効果的でない重症例や、急速な症状改善が必要な場合に検討されますが、食いしばりの根本的な原因を解決するものではなく、症状の緩和を目的としています。

筋弛緩剤

くいしばりに筋弛緩剤

 筋肉の緊張を和らげる薬剤で、食いしばりの治療では主に中枢性筋弛緩薬が使用されます。主に口腔外科や整形外科で処方されます。代表的な薬剤にはチザニジン、バクロフェン、メトカルバモールなどがあります。これらは中枢神経系に作用し、筋肉への神経信号を抑制することであごの筋肉の緊張を和らげ、食いしばりを軽減します。筋弛緩剤は顎の筋肉の緊張を直接的に緩和でき、痛みや不快感の軽減に効果があり、睡眠の質を改善する可能性もあります。しかし、眠気やめまいなどの副作用がある場合があり、長期使用による依存性の可能性もあります。筋弛緩剤は、特に夜間の食いしばりが顕著な場合や、筋肉の緊張が強い場合に検討されますが、日中の活動に支障をきたす可能性があるため、使用のタイミングや用量は慎重に調整されます。

抗不安薬

くいしばりに抗不安薬

 食いしばりの背景に強いストレスや不安と関連している場合は、主に心療内科で抗不安薬が処方されることがあります。代表的な薬剤には、ベンゾジアゼピン系薬剤(ジアゼパム、クロナゼパムなど)や非ベンゾジアゼピン系薬剤(ブスピロンなど)があります。これらは脳内のGABA受容体に作用し、神経の興奮を抑制することで、全身のリラックス効果を得て、食いしばりを軽減します。抗不安薬はストレスや不安による緊張を緩和でき、睡眠の質を改善する効果があり、筋肉の弛緩作用もあります。しかし、依存性のリスクがあり(特にベンゾジアゼピン系)、眠気や集中力低下などの副作用がある場合があるため、長期使用は推奨されません。

歯科治療の役割

マウスピース(ナイトガード)

 食いしばりがある場合、歯科治療の役割は「食いしばりを治すこと」より「歯を守ること」になります。食いしばりによる歯と歯茎への悪影響を最小限に抑えていきます。多くの場合では、個々の患者さんの歯型に合わせてマウスピース(ナイトガード)の作成が行われます。これは就寝時などに装着する専用の装置で、歯への直接的な負担を軽減する効果があります。ただし、ケースによってはマウスピースを装着すること自体が食いしばりを誘発してしまう方もいます。

 すでに摩耗や損傷がある歯に対しては、修復処置が行われます。詰め物や被せ物による修復が主な選択肢となります。これにより、さらなる損傷を防ぎ、歯の機能を保護していきます。場合によっては、咬合調整噛み合わせの調整も重要な治療の一つになります。痛みそうな歯の表面を少し削って調整することで、食いしばり時の力が均等に分散されるようになるからです。

 これらの治療は、食いしばりによる歯への悪影響を最小限に抑えることを目的としています。しかし、食いしばりそのものを根本的に治療するものではないことに注意が必要です。そのため、歯を守る歯科治療と並行して、食いしばりの原因に対処するアプローチも重要となります。

矯正歯科治療は食いしばり自体を改善できない

矯正歯科治療はくいしばり自体を改善できない

「矯正歯科治療をすれば食いしばりが治る」と考えて相談に来られる患者さんもいますが、実際にはそのような効果はありません。矯正歯科治療の主な目的は、歯並びやかみ合わせを改善することです。矯正歯科治療で期待できる効果としては、強く食いしばりで、崩れてしまった歯並びの改善になります。くいしばりが強い方は、かみ合わせの高さが低くなるため過蓋咬合や上顎前突が発症していることが多いです。このような歯並びを改善していきます。

 一部のケースでは、矯正治療によってくいしばりが軽減されることもあります。例えば、不正咬合が原因で食いしばりが起きていた場合、噛み合わせが改善されることでくいしばりの症状が和らぐことがあるのです。しかし、食いしばりの完全な改善を期待して矯正歯科治療を受けるのは適切ではありません。くいしばりの治療には、その原因に応じた多角的なアプローチが必要です。矯正治療は口腔の健康を改善する上で非常に有効な方法ですが、食いしばり対策の一環として考えるべきであり、それ単独での解決策とはならないのです。

まとめ

 食いしばりは歯や顎関節に悪影響を及ぼす習慣で、ストレスや姿勢が主な原因です。症状にはあごの痛み、頭痛、歯の摩耗などがあります。改善にはストレス管理や姿勢改善が効果的で、重症の場合は薬物療法も検討されます。歯科では主にマウスピース作成や歯の修復処置が行われますが、矯正歯科治療で食いしばり自体を改善することはできません。

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