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ナソラビアルアングル(鼻唇角)は矯正治療の目標値になるか?

 近年、矯正治療に相談される患者さんの審美や美容への知識が高まってきました。その中で、歯科医師でも専門知識がないとわからない用語の質問も増えています。その中の一つにナソラビアルアングルがあります。ただし、矯正歯科医はこの項目はそこまで重視はしていません。それはコントロールが難しいからです。

ナソラビアルアングルとは?

 矯正治療における横顔の審美評価指標として、Eライン(エステティックライン)と並んでよく登場するのが「ナソラビアルアングル(鼻唇角)」です。鼻の下と上唇のなす角度のことで、一般的には100〜110°程度が理想的とされ、この角度が直角に近いほど出っ歯の印象が強くなると説明されます。

 数値としてわかりやすいため、治療計画の目標値としてこの角度を意識される方も少なくありません。しかし臨床の現場で多くの症例を見てきた実感として、この指標を「達成すべきゴール」として扱うことには慎重であるべきだと考えています。理由は大きく分けて三つあり、順を追って説明していきます。

前歯の位置だけでコントロールできない

 まず一つ目の理由は、ナソラビアルアングルが前歯の位置だけでコントロールしきれる角度ではない、という点です。この角度は厳密には二つの要素の合成でできています。一つは鼻柱(鼻の付け根から鼻先にかけての傾き)の角度で、これは生まれ持った骨格によって決まっており、歯を動かしても変化しません。

 もう一つが上唇の傾きで、これは前歯の後退・前突に伴ってある程度影響しますが、その度合いは一人ひとり大きく異なります。例えば、皮膚や軟組織の厚みがある方、下顔面が短いローアングルの骨格タイプの方、そして抜歯をともなわず前歯の移動量が限定的な非抜歯治療のケースでは、もともと鼻唇角が小さめに出やすく、治療後もあまり大きく変化しない傾向が臨床実感としてあります。

<下顔面が短いローアングルの骨格タイプの方は鼻唇角が小さい>

 また、下の前歯が上唇を前方へ押し出す形になる反対咬合の症例では、上あご自体に問題がなくても鼻唇角が小さく計測されることがあり、これは上顎前歯を後退させる治療とは本質的に異なるアプローチが必要になります。このように、同じ「鼻唇角100°」を目指すとしても、そこに至るアプローチも難易度も症例によってまったく異なるのです。

鼻の向きと人中の長さの影響の方が大きい

 二つ目の理由として、横顔の美しさを左右する要素として、鼻唇角そのものよりも鼻の向きやかたち、人中の長さの影響の方が大きいのではないかという点があげられます。鼻柱の傾きは前述の通り不変の骨格要素であり、これが横顔の第一印象を強く規定します。加えて見落とされがちなのが人中の長さです。
 前歯を後方移動させて上唇の角度が下向きに変化すると、鼻の下から上唇の赤唇部までの見かけの距離、いわゆる人中が間延びして見えることがあります。これは鼻唇角の数値そのものが「理想値」に近づいていたとしても、患者さんご本人や周囲の方からは「なんとなく老けた印象になった」「口元が間延びして見える」といった感想として現れることがあり、角度の数値だけを追いかけていては見落としてしまうリスクです。数値上の達成度と、実際に見た目として感じられる美しさとの間には、こうしたズレが生じ得ることを念頭に置く必要があります。

<右は鼻唇角は悪くないが人中が長いため理想的ではない>

出っ歯に見える方が気になりやすい

 三つ目の理由は、鼻唇角が理想値より小さい場合と大きい場合とでは、周りから見た印象の悪くなり方が違うという点です。鼻唇角が小さい状態、つまり上唇が前に出ている状態は「出っ歯」として、少し角度がずれただけでもすぐに気になりやすい印象です。一方で鼻唇角が大きい状態、つまり唇が少し引っ込んだ状態は、多少角度が大きくても「口元がすっきりしている」とむしろ良い印象に受け取られやすく、なかなか気になりません。

 ただし大きくなりすぎると、前の段落でお伝えした「人中が伸びて見える」状態になり、そこで初めて気になり始めます。つまり、小さい方はすぐに気になり、大きい方はかなり大きくなるまで気になりにくい、という違いがあるのです。理想の角度(100〜110度)を中心に、小さい側にも大きい側にも同じくらいの余裕があると考えるのではなく、小さい側は余裕が少なく、大きい側は余裕が大きい、という違いをふまえて治療のゴールを考える必要があります。

<左のように前突している歯並びは鼻唇角が小さい>

角度ではなく見え方で治療結果を判断する

 こうした点を踏まえると、「鼻唇角を100〜110度にすること」を治療のゴールとして掲げるのは、あまり意味がないと考えています。むしろ、鼻唇角は「治療後にこんな見え方になるかもしれない」という一つの目安として参考にする程度がちょうど良いのではないでしょうか。

 実際にEラインは、鼻の先端とあごの先端という、歯を動かしてもほとんど位置が変わらない二点を基準にしているため、前歯をどれくらい動かすと横顔がどう変わるか、比較的予測しやすい指標です。それに対して鼻唇角は、生まれ持った鼻の形や、皮膚の厚み、唇の張り具合、あごの骨格のタイプ、抜歯をするかどうか、噛み合わせの状態など、いろいろな要素が絡み合って決まる角度なので、「前歯を何ミリ動かせば鼻唇角が何度変わる」と単純に計算することが難しいのです。

 ですから治療計画を立てる際には、鼻唇角の数値だけを目標にするのではなく、Eラインとのバランスや、鼻の向きとの調和、そして人中が伸びて見えないかどうかを実際にイメージしながら、横顔全体の仕上がりを考えることが大切だと考えています。

矯正治療でできること、できないこと

 このような理由から、当院では鼻唇角そのものを治療計画の数値目標として設定することはしていません。治療前に横顔全体のバランスを見る際の参考の一つとして確認する程度にとどめており、「歯を動かすことで鼻唇角がどう変化しそうか」という大まかな見通しを持つために使っている、というのが実際のところです。

 最近の美容ブームで、患者さんは矯正治療にも美容を求めてきます。もし、「鼻唇角を◯度にしたい」「もっと唇の角度を細かく整えたい」というように、この角度そのものを狙って調整したいというご希望がある場合は、正直なところ矯正治療だけでは対応が難しいとお伝えせざるを得ません。鼻唇角は鼻の形そのものに大きく左右される角度であり、歯を動かす治療である矯正治療では、鼻の形まで変えることはできないからです。

 鼻の高さや向き、鼻先の形を含めてこの角度を積極的にコントロールしたいという場合は、矯正治療の範囲を超えて、美容外科領域での治療、たとえば鼻の形成術などを検討する分野になってきます。私たち矯正歯科医としてお伝えできるのは、あくまで歯や噛み合わせを整えることを通じて得られる横顔の変化までであり、その範囲の中で人中の長さやEラインとのバランスも含めて、無理のない自然な仕上がりを目指すことを大切にしています。

 【記事執筆者の略歴】
牧野 正志
徳島大学歯学部卒業 (2006)
東京歯科大学 歯科矯正学講座 研修課程修了 (2010)
まきの歯列矯正クリニック開設 (2012)
日本矯正歯科学会 認定医・臨床医

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